沿 革 |
昭和25年 |
茨城県土浦市にシルクスクリーン印刷を主体とした「田中豊商店」を創設しました。 |
昭和35年 |
公営ポスター掲示に関する公選法施行により、選挙用公営ポスター掲示板及び選挙用品を製造し、市町村選挙管理委員会を対象に販売を開始して以来、衆・参両院議院選挙及び知事・議会議院選挙用公営ポスター掲示板は、引続き全国シェアの約3割の納入実績を有する随一の専門企業として重要な役割を果たしております。 |
昭和36年 |
資本金100万円とし、企業組織を株式会社に改め、株式会社タナカとしました。 |
昭和39年 |
茨城県美浦村当局より企業誘致を受け、旧木原中学校跡(土地約5,000坪)に美浦工場を設置。これを契機に事務用帳票印刷の設備を導入しました。 |
昭和42年 |
需要増加により輪転印刷機を設置し、販売拡充のため東京営業所を開設しました。 |
昭和45年 |
美浦工場内に新社屋を建設し、事務処理の機械化が進み、コンピューター用帳票印刷のため連続フォーム輪転印刷機を設置し、ビジネスフォーム印刷事業部の設立と共に販売を開始しました。資本金600万円に増資。 |
昭和48年 |
住宅関連資材である金物火打の特許を取り、オメガー印の商標で製造・販売を開始し、建材事業部を設立。販売拡充のため水戸営業所を開設しました。資本金1,800万円に増資。 |
昭和50年 |
雨樋受金具約70件の特許・実用新案及び意匠の登録を背景に全国板金連合会の推奨を受け、ペリカン印の商標で製造・販売を開始しました。資本金3,600万円に増資。 |
昭和52年 |
販売拡充のため宇都宮営業所を開設しました。美浦村木原地区に配送センターを新築し、保管倉庫・物流の合理化を図りました。 |
昭和55年 |
新治村に新社屋を建設し、本社及び土浦営業所を移転。美浦工場内に新社屋を増設し、ストックフォームの生産のためジャンボW取り高速フォーム印刷機の導入と同時に、ビジネスフォームの小ロット多品種化に対応すべく、新しい印刷工法BFシステム方式を導入開始しました。資本金7,200万円に増資。 |
昭和59年 |
コンピューターシステム開発室を分離独立し、(株)トータル・システム・デザインを設立し、ソフトウェアの受託・販売を開始しました。 |
昭和60年 |
新利根町に新利根工場(土地2,800坪)を建設し、市町村議会議員のポスター集合掲示板の大型化に伴う製造及び架設資材製造の強化を図り、特殊印刷事業部を移転しました。 |
昭和62年 |
ビジネスフォームの多色刷化や大ロットのニーズに対応するため多色刷フォーム輪転機、フォーム用高速ロールコレーターの導入をしました。また、インサータ用セット伝票の製本部門を充実させるため、つくば製本倉庫(株)を設立しました。 |
昭和63年 |
ビジネスフォーム販売拡充のため、小山営業所、福島営業所を開設しました。特殊印刷事業部としては、選挙用ポスター掲示板の大型化に伴う生産増のため、大型自動シルクスクリーン印刷機及び自動組立ラインの増設をしました。 |
平成元年 |
建材事業部を分離独立、タナカスチール工業(株)を設立し、住宅関連のジョイント金物の開発・製造を充実しました。 |
平成5年4月 |
利根金属工業(株)を合併し、資本金を6,000万円としました。 |
平成5年6月 |
江戸崎工場を新設しました。 |
平成7年10月 |
大阪営業所を業務拡充のため、四條畷市内に移転しました。 |
平成8年7月 |
開発部門を充実するため、試験機を導入しました。 |
平成9年4月 |
(株)タナカと合併し、住宅資材事業部としてスタートしました。 |
平成9年10月 |
名古屋営業所を開設しました。 |
平成10年11月 |
つくば工場を建設し、江戸崎工場を併合しました。茨城営業所及び配送センターをつくば工場内に移転しました。 |
平成12年1月 |
仙台営業所を開設しました。 |
平成12年1月 |
ISO取得に向け組織整備。 |
平成12年10月 |
東京営業所を移転しました。 |
平成13年10月 |
ISO9001:2000規格認証を取得しました。 |
平成13年12月 |
広島営業所を開設しました。 |
平成15年1月 |
シンプソン・ストロングタイ社と業務提携しました。 |
平成16年6月 |
大久保卓幸が社長就任、田中司郎は会長に就任しました。 |
平成17年5月 |
ISO14001:2004規格認証を取得しました。 |
平成17年6月 |
札幌営業所を開設しました。 |
平成17年10月 |
神奈川営業所を開設しました。 |
平成18年4月 |
埼玉営業所を開設しました。 |